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Posted by 滋賀咲くブログ at

2015年04月26日

イチゴうまく栽培できるか

 ブログの友達の吉祥さんが「イチゴの苗」をかかれたので、私も書きます。

 今年は老上西農業合校の畑に沢山植えました。なんでかというと、まだ新しい学校は来年からで、昨年の秋つくるものがなかったので、老上ふれあい農業学校は幼稚園のイチゴ狩りをやっていて、ランナーからうまれた、孫のをいただいて植えました。それとは畑の両隣の方からもいただいて植えました。

 老上西農業合校のブログです。矢橋町で子育てサロンができたので、イチゴを採ってくださいといいました。5月15日なのでうまく収穫できたらいいいな。

 その後は、近くにある老人ホームです、人数がすくないから何とかいけるでしょう。

 イチゴが終わりかけに 私が入っている南草津歴史会の人からジャムにするからほしいといわれています。
沢山作ると大変ですわ。
 
 いまはランナーが出ているのを抜いています。ランナーが伸びたら大きなイチゴが出来ないといってます。

 同じときにわが家にも植えました。でも全然大きくならないからシート引いていません、全然だめというより昨年と同じです。 やはり土地の土質の違いかな。 老上西農業合校はいい畑です、10年も栽培してなかったので、うまく出来そうです。私の畑は 田んぼを畑にしてるのと毎年いろんなものつくっているから、地力がないのかも。

 また敷き藁をひかんとあかんかなと思っています。

老上西農業合校のイチゴです。 (私の畑は小さいからとってません)





   


Posted by そば打ちおじさん at 23:43Comments(10)農業

2015年04月21日

江若鉄道の思い出

 4月12日まであった大津歴史博物館の「江若鉄道の思い出」講演に2回参加しました。でも中の展示を見たのは1回でした。でもいろんなジオラマとが、写真を見て本当に感激しました、なつかしい江若鉄道。




 私がうまれたのは、大門道 三井寺下駅は小学校のころよーく遊んでいました。駅前で野球をしたり、車庫に入っておこられたり、駅では信号の確認やタブレットなんかを見てました。でも売店もあったけど、いつの間にかなくなっていました。駅の前には昔の旅籠もありました。
 




 三井寺の駅も長いこといってなく、15年くらい前にいったら大きくかわっていました。キリン堂ができていました。道も大きくかわって西大津へいく道ができていました。


 浜大津には遊歩道ができていています。北保町の踏み切りを渡ると疎水です。中学校に行く時は毎日ここを通過する列車をみていまいた。
 高校のときは今津から来る通学列車を見ながら京阪に三井寺にのりました。でもよーく遅れて、浜大津まで走っていきました。すると三条から石山に向かう電車にまに会いました。
 江若から膳所のほうへ通学している人もかなりいました。かわいい女の子もいました。和邇からきていたみたいです。
江若の列車が着く時間は京阪も込んでました。






 下阪本に親戚があって、江若の叡山駅が近かったんですが、墓が穴太にあっていつも京阪の別所(いまの市役所前とは違って、大商の前にありました)からのりました。 叡山駅から江若で帰ったのは1回だけかな。江若は日本一高い電車賃だからといわれていたはずです。


 昭和44年の10月31日に江若がなくなると聞いて初めて今津から浜大津までのりました。でも国鉄が出来るから便利になるとみんな思ったはずです。 昭和49年に湖西線が開業しました。完全に新幹線並みの線路です。踏み切りはないし、駅の格好は同じです。でも便利になりまいした。開通まではバスがはしってましたが、161線はすごくこんでいました。









 でも昔の線路あととか、残っているのはすくないですが、近江今津の駅は残っていますが、なんとか江若の風景を残したいですね。

  


Posted by そば打ちおじさん at 23:57Comments(6)鉄道

2015年04月19日

浜大津こだわり朝市

 朝市が3月でなくなるという話があって、4月の第3日曜日、また朝市が浜大津で開催されました。
主催者がかわりましたが、お店の方もがんばって朝市に参加されました。
 主催者の方は1月しか余裕ないのに、場所の問題とか、どれだけお店が参加されるのか、大変だったと思います。
主催者は大津の船頭町で石釜ピザを経営されているようです。

 私は毎月ずーと参加していました、 お酒と卵を買いに、湖魚も良く買っていました。

前の時とお店の位置がおんなじ感じでした。

酔醸会と小川酒店さんのコーナー



今日のお酒は萩の露です。高島のお酒ですが、昔は大溝でした。そうです、大溝城のあったところ。
わたしが大溝の城いったときは土日お休みだったので、前を通りましたが、いけてません。

今日は福井社長もきてもらっています。



私はどれを買ったでしょうか。




卵やさんです。 かしわ飯をうっておられます。 タマゴは予約みたいな感じで売っています。
栗東の浅柄野からですわ、栗東ロマンたまご、平飼いの鶏舎で飼われています、餌はお米など。




朽木の御餅やさん、草もちとがをここでついています。


いつも一杯並んで待っています。




沖の島からこられてます。今日はわかさぎの天ぷらがありません、どーしたんでしょうね。




信楽の朝宮からこられている、片木のお茶やさん。
苦労して無農薬のお茶をつくった方です。


望月水産さん、おいしい湖魚です、中主からお見えです。



楽農者なごみの里さんです。 安曇川からお見えです。
私も無農薬と有機肥料で試そうかなと考えています。




滋賀のほんとうにこだわりの朝市です、有機肥料しか使っていない野菜とか、お米とか、なかなか買えないものが多いです。 お酒も近江にお酒ですし。

本当にこだわり市場でやっていただきだいです。


私が買ったお酒は 萩の露 里山  高島の畑というところの段々畑でとったコシヒカリです。あんまりコシヒカリのお酒はかいませんが、一回試しに買ってみました。また次回にこのお酒の味を報告しますね。



  


Posted by そば打ちおじさん at 23:05Comments(5)日本酒

2015年04月14日

膳所歴史ウオークno3

蘆花浅水荘です。






蘆花浅水荘は、明治・大正・昭和初期にかけて、京都画壇で活躍した日本画家山元春挙の別荘庭園です。

大津の中の庄にあります。でも京阪電車だと瓦が浜です。

梅のきれいなときにいきました。昔は湖岸道路がなかったので、庭の先は琵琶湖でした、そこからの三上山の風景はきれいです。でもお庭もきれいでした。雨だったので、庭には下りていませんでした。










そうです、表の玄関を写すのわすれてました、見学は予約しないといけません、料金は500円です。
1時間半ほどお邪魔しました。


この先が瓦が浜の駅です。膳所焼の窯元のちかくからうつしました。いい感じの風景です。



ここは杉浦重剛の旧宅です、
このかたは膳所藩から江戸にでられて、外国にもいかれて、先生をしたそうです。
大正3年(1914)東宮御学問所御用掛となり昭和天皇の先生だったそうです。







今井兼平の墓です、石山駅の近くです。
木曽義仲の片腕として活躍していたのですか、最後は粟津で義仲と一緒に源義経に負けてここで死んだそうです。
この墓は膳所藩主の本多俊次が1667年にたてたそうです。





ずっと雨交じりの膳所の町でした、はじめていった蘆花浅水荘がとてもよかったです。
  


Posted by そば打ちおじさん at 23:50Comments(6)南草津歴史街道

2015年04月09日

膳所歴史ウオークno2

義仲寺の中です。
木曽義仲の供養塔とか、芭焦の墓もあります。






義仲と愛し合っていた巴御前のお堂が横にあって、地蔵さんがあります。



膳所に向かっていくと 石坐(いわい)神社があります。

天智天皇が御神体らしいです。







ここからすぐに膳所城の西門があります。  


Posted by そば打ちおじさん at 23:33Comments(2)南草津歴史街道